はだかだからからだ。

秋田に僕はいます。

僕のハサミの使い方。

 

この前、ハサミの神様に

探し物を見つけてもらった。

 

 

 

ハサミの神様を知ったのは

今年の田植えの頃だったか

僕が運転免許証を無くした時だった。

 


どこにやったかなと

頭を掻きながら探していた時

不意に母が

「ハサミの神様にお願いしたら?」と

話してきた。

 


急に聞いたこともない

神様のことを話されたので

なにそれ?と聞いたら

親戚のおばさんが

探し物がある時は

家にあるハサミを手に持ち

ハサミの神様ハサミの神様

探し物を見つけてください。と

ハサミの神様にお願いすれば

見つけてくれると言っていたそうで

しかもそれで見つかっているそうだ。

 


半信半疑で

家にあるハサミを手に持ち

「ハサミの神様ハサミの神様

運転免許証を見つけてください」

と唱えてお願いした。

 


そして免許がなかったのだけど

車に乗り込み行かねばならぬ所に

行こうとしたら車の運転席の下から

運転免許証が見つかったのだ。

車の中も探していたはずなのに。

 


と、そんな事もあってか

ハサミの神様すげー状態になっていた。

 

 

 

先日、ホップの収穫バイト中

サングラスを紛失してしまった。

ここに置いたような、置いてないような.....。

 


一緒に働いている人にも

探してもらったが、どこにもない。

 


ホップに紛れて、選別機の方に流れて

バキバキになったかもしれない。

そもそも機械に不具合でも

起こしてしまったらどうしよう。

色々なことが頭を巡る。

 


そんな事があってとその日家族に話したら

またも、ハサミの神様の話になった。

そうか!その手があったかと思ったものの

流石に今回は壊れてる可能性も

あるだろうし規模が違うよなと

思っていたのだけど

一応、ハサミの神様にお願いした。

 


その次の次の日だったか。

なんとサングラスが見つかった。

しかも壊れていない状態で。

 


見つかった場所は

ホップの選別で出る

葉や茎などの残菜を廃棄する場所

だったそうだ。

 


1番驚いたのが

この残菜を捨てるのは

ホップを収穫してから選別した後

トラックに積んで捨てに行くことだ。

だから、2日前に無くしたサングラスは

その日のうちに捨てられていたはずなのに

トラックに踏まれもせず

また残菜が覆い被さったりも

しているだろうに見つかったのだ。

 


運転手がキラリと光った

サングラスを見つけて持ってきてくれた。

 


ハサミの神様すげーとなった。

 

 

 

色々考えていると

もしかしてこういう事?

みたいな事が浮かんできた。

 

 

 

物を無くした時

遅かれ早かれその事に気づき

探そうとする。

 


するとその時

自分が今まで何をしてたかを

思い出そうとする。

そしてどこにいたかを思い出し

そこを探そうとする。

 


でも、見つからない。

 


見つからない時って

もしかしたら普段している

行動をしなくなってしまうんだろう。

普段見ないところを見たり

見ているところを見なくなったり。

 


運転免許証を見つけた時

座席の角度を調節するところの下に

免許証はあった。

そこも探していたはずなんだけど

その時は車の外側からドアを開けて

中を探していた。

運転席に座って調節するところを

見る角度と外から見る角度で

誤差があって、その誤差の中

 


免許証があったのだ。

 


普段の動きをどうやっているのかなんて

いざ、やってみろと言われれば

できないものだ。

頭の中は探そうとしているから

どうしても普段通りにならない。

普段の外側に探し物は

あると思ってしまうが

実は内側にあるのかもしれない。

 


サングラスが見つかったのは

本当に奇跡だ。

これが見つかったのはなんでかを

考えてみると

サングラスを探すとき

自分1人で探したのではなく

近くにいた人みんなに早い段階で

聞いて回って探してもらったからだろう。

 


そして、選別機の方でも

運転手の方の頭の中にも

サングラスがあるかもしれないとなって

(業務的には邪魔な考え)

見つかったのかもしれない。

 


その人たちにとっては

自分たちの内側に外側から

サングラスという異物が現れたら

すぐになんだろうと思うから

見つかったのかも。

 


ハサミの神様は

意識を預ける存在かもしれない。

 


ハサミの神様に

お願いをすると

探そうとする気持ちを

一旦、預けておける。

お願いをした後は

探そうとするのではなく

普段の行動に戻る。

探そうとする気持ちを

そこで区切れる。

だから、免許証は

見つかったのだろう。

だからか見つけたのは

自分か他人なのに

ハサミの神様がすごいとなる。

 


また、見つからないかもしれないが

ハサミの神様にお願いをしておいて

すぐでも何日経ってからでも

見つかったら

ハサミの神様すごいとなる。

見つからなくても

今回は神様でも

無理だったかとなるけど

見つかったら神様すげーとなる。

 


家にあるハサミってのも

どこか立派な神社へ

いかなくてもすぐに

お願いできるってのが

いいのだろう。

すぐに切り替えたほうが

探し物は見つかる可能性が高い。

 


それと

物を無くしたときは

無くしたとすぐに

誰かに話した方がいいのだろう。

見つかる確率も上がるだろうし

基本助けようとなるから。

 


あと、ハサミの神様に

お願いして見つかった時

神様のことを教えてくれた人に

見つかったよ!と連絡をする。

そうすると数珠繋ぎで

あの人も見つかった

この人も見つかったとなって

目的がどんどん違うようになると

大変だよなと思ったり。

 


神様の使い方としては

気持ちと行動の切り替えと

見つからない時でも

そんなに自己嫌悪に陥らないよう

神様の力でも

今回は無理だったかと

なるみたいな感じだろうか。

 

 

 

お守りも似た様なもので

目につく所にお守りがあると

自分の願ったことや

気をつけたい事を

意識できるからだったり

するのだろうか。

 

 

 

 


このピカピカ光る系のサングラスは

つけるのに抵抗があったのだけど

自分の頭の大きさにもピッタリだし

攻殻機動隊みたいで

ひょっとすると格好いいんじゃないかと

2年前から農作業で付けていたが

少佐みたいになるにはほど遠く

でもピカピカ光る系だったから

今回見つかったので

攻殻機動隊、見といて良かったなと

そんな具合のお話。

サングラスには紐を付けよう。

 

 

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